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政治の本質

歴史

日本人(国)をして世界の指導者(国)にすることで、地球文明のレベルを上げて宇宙の発展に寄与します。                                実現する為の手段は日本人を自虐史観から脱却させて自らの歴史と民族及び国家に誇りと自信を持たせる事によってです。          故に、「政治の本質」は国益に沿う政策を主張するweb新党「富国日本」党を結成しました。

保元の乱  NHK大河ドラマ「平清盛」先読み~なぜ、貴族社会は崩壊し、武人の世は到来したのか?~ 

歴史

今日、5/27の20:00からNHK大河ドラマ「平清盛」で保元の乱が放映されます。

いよいよ、天皇と上皇、藤原摂関家&平安貴族、平家と源氏の武家社会を

二分する大乱が、今日、勃発します。

なぜ、天皇及び平安貴族統治の世が亡び、武士の世になっていくのか。

それは、法王が天皇をないがしろにし、かつ、倫理や理の大本を身づから

崩壊させて、古代日本社会にアノミーを蔓延させたからです。

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NHK大河ドラマ「平清盛」 後白河天皇誕生で「保元の乱」前夜 

歴史

いよいよ、今晩、NHK大河ドラマ「平清盛」で後白河天皇が誕生し、
「保元の乱」が描かれてきます。


NHK大河ドラマ「平清盛」登場人物一覧表です。
クリックすると拡大します。
   ↓
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始まる前に下記のエントリーで「保元の乱」を予習しておきましょう。

平清盛の今後の展開 1
http://yangkuma.blog81.fc2.com/blog-entry-882.html

平清盛の今後の展開 2 崇徳上皇&藤原頼長の軍事同盟
http://yangkuma.blog81.fc2.com/blog-entry-884.html

平清盛の今後の展開 3 保元の乱
http://yangkuma.blog81.fc2.com/blog-entry-886.html

平清盛の今後の展開 4 「保元の乱」終戦後の悲劇
http://yangkuma.blog81.fc2.com/blog-entry-888.html


又、今日から、源為朝(橋本さとし)も登場します。

源為朝2

この為朝の強さは、当時の武士で知らぬものはない。まさに無双。
たとえば、弓の張りの強さ。
一人張りが通常。二人張りとなると剛の者といって、めったにいない。
三人張りとなると引けるものがほとんどいなくなる。

ところが、為朝は八人張りの弓を引いたのです。
源為朝の強さに、平清盛もたじたじになります。

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平清盛の今後の展開 5 古代平安朝を滅ぼし大日本帝国に変換させた崇徳上皇 

歴史

保元の乱で敗北した崇徳上皇は仁和寺に幽閉されていました。

王政復古の大号令で明治維新が開始された。
その王政復古のわずか八ヵ月後、まだ天皇は元服もしていなかった、
年号も「明治」にはなっていなかった、五箇条のご誓文も誓われていなかった、
そんなにも早い時期。

慶応四年1868年八月二十五日。勅旨大納言源道富一行は讃岐へ向かった。

崇徳上皇(井浦新)の神霊を京都へ迎えるために。
なぜこの時期に崇徳上皇をむかえる。

崇徳天皇


新生日本の朝廷がまず成した事は、崇徳上皇の憤りをなごめること、
恨みをとく事、であった。

崇徳上皇に京都へおかえりいただくことであった。
これぞ何よりにも優先して為されるべき事であった。

新生日本の朝廷に、ここまでの行動を起こさせた崇徳上皇のその後の運命は・・・?

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ブログ様のエントリーからこの辺りの事情を転載しての皆様とのシェアも今回が最後です。

第九章 摩訶不思議なるもの(2010-2-26)
http://blog.goo.ne.jp/ebjimihendrix/m/201002

保元の乱によって、名行は振るわず、皇道は失墜して世の中は一変した・・・・
までが前章でした。

今回から第九章を読みます。


その契機をつくった崇徳上皇はどうなった。

しばらく仁和寺に幽閉され、戦後処理の結果讃岐に流される事になった。

この崇徳上皇は、栗山潜鋒の論ずるところだけを読むと、不道徳で、臆病で、
卑怯で、いいとこなしの人物であり、歴史に足跡を残すような人物とも思えない。

しかし
崇徳上皇の真の活動は、讃岐遠流から始まる。
終ったと思った時から、彼の真の人生が始まった。

保元元年1156年七月 仁和寺を出発して八月讃岐松山についた。
ここで三年過ごした後、志度の鼓が岡に移り、ここに六年住んだ後、
長寛二年1164年八月四十六歳で崩御した。

上皇は、いつか京都に帰れるものと考えていた。
しかし、待てど暮らせど赦免の知らせは来ない。

京都に帰れないと悟った崇徳上皇は写経をはじめた。
ただ写したのではない、自分の血で五部大乗経を写した。

五部大乗経とは「華厳経」「大集経」「大品般若経」「法華経」「涅槃経」この五つをいう。

「華厳経」だけでも読破は大変。
「大品般若経」はそれよりもっと大変。僧侶はこれを読破すると、わざわざお祝いをした。

これに、さらに三つのお経が加わる。

読むだけでも大変なこと。それを崇徳上皇は自分の血で書き写したという。
崇徳上皇の執念、怨念いかほどか。

この執念、怨念によって、崇徳上皇は大魔王のトップとして永く人々を戦慄させることになる。

さて、
平治元年1159年 五部大乗経の写経終了。
崇徳上皇はこれを仁和寺門主覚性法親王に送り、安楽寿院に安置をたのんだ。

覚性法親王は後白河上皇に、この願いを聞くよう奏上した。
後白河もその気になった。

ところが、少納言藤原信西入道がこれに強く反対。

「崇徳上皇は讃岐にいるのに、このような血書写経だけを京都に帰したいとは・・」
「この写経には呪詛が込められている・・・」
 こういった。

そのため血染めの写経は、崇徳上皇に返却された。

崇徳上皇は怒った
「後白河は保元の乱を根に持って、わしを許そうとしない。この写経は懺悔のために書き、
目的は冥福にある。それを都から返してくるとは何事ぞ」

上皇は、舌を噛みその血で写経の各巻に本当に「呪詛」の誓文を書き付けた。

曰く
「願わくは、大魔王となりて天下を悩乱せん。五部大乗経を以って、悪道に廻向す」と。

五部大乗経を写すことは、大変な功力がある。その功力全てを、悪道に向けようとするのだ。


その悪道の内容とは、
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし、民を皇となさん」
「人の福を見ては禍とし、世の治まるをみては乱を発さしむ」

つまり
幸福なものを不幸にし平和を乱してやる。革命を起こし君と民を入れ替えてやる。

これが大魔王崇徳上皇の「呪詛」である。


五部大乗経は無限の威力を持つ。その五部大乗経を全部血書した崇徳上皇は無限の威力を持つ。

崇徳上皇の誓願は必ずかなえられる。人々はそう確信した。思っただけでもぞっとした。

写経を突き返された後の崇徳上皇は、髪は伸び放題、爪も切らない。衣服も着替えない。
常に歯軋りをし、目をいからせ、痛み悩んでやせ衰え、骨があらわれていた。



そして、長寛二年1164年八月四十六歳で崩御した。


崩御後の崇徳上皇はどうなった・・・・


「太平記」に、世にも不思議な物語が記してある・・・・・・


「太平記」に書かれてある不思議な物語とは

雲景という僧侶が全国行脚の修行中、愛宕山での事。
異様な山伏に出逢い彼の案内で秘密の場所に行った。
そこは霊地と思われるところであった。

中央上座の右に弓を持った大男がひかえ、
中央上座の左に帝王らしき威厳を備えた衣冠正しき方々がひかえていた。

そこへ金の鵄(トビ)が中央上座に舞い降りて着座。
この世のものとは思えない光景。

「あの方々はどなたですか」と聞くと、山伏が答えて
「中央上座の金の鵄は崇徳上皇」
「中央右の大男は源為朝です」
「中央左の方々は後鳥羽上皇、後醍醐天皇といった恨みをのんで崩御された帝王たちです」

「みなお集まりになって、世の中に大きな禍をもたらす相談をなさっているのです」・・・

人々に永く信じられていた物語である。


崇徳上皇をはじめ、恨みをのんで崩御された帝王は永く朝廷に祟り続けた。

この祟りを恐れたのは朝廷のみではない。
文久三年1863年 崇徳上皇700年忌の年。時あたかも幕末。世は騒然。
徳川幕府は崇徳上皇の祟りを恐れ、朝廷に祟らないようお願いしてくださいとたのんだ。

「恨みをのんで死んでいった帝王への祟りの恐れ」
これぞ、天皇の神格を決定付ける特徴。

人々に祭られる日本の神は、もと祟りの神である。
恨みをのんでいった人は祟る。祟らないよう神社を建て、これをまつる。
そうすると、人に祟りをなす悪神は変じて善神となる。

日本で霊験あらかたな神様はみなこのタイプである。

例えば平将門
将門の怨念は凄まじかったので、人々は将門塚や将門明神をあちこちにつくり祭った。
祭っているうちはよかった。

ところが昭和の末、三井物産が本社建て替えのとき、面倒とばかり将門塚を取り込んだ。
サア将門が怒ったのなんの。

三井物産がイランに作った石油プラントは、たちまちホメイニに没収された。
三井物産真っ青。将門の祟りか!!!

神主を呼んできて、将門塚を丁重にまつり謝った。
そうすると、その後三井物産にはなんの不幸もなくなった・・・

・・・・人々は現代でもそう思っている。


将門は一武将である。武将の祟りすらこのように人々は恐れる。
まして帝王の祟りとなると、考えるだけで身の毛がよだつ。

しかし、
怨念が凄まじければ凄まじいほど、その悪神が善神に変身したとき、その霊験、ご利益も大きくなる。

この論理、この神学がポイントである。

明治維新後天皇は現人神になった。
この現人神の神格は、キリスト教的である。
※これについては 「天皇」の原理 を参照してください。

現人神たる天皇の神格が、キリスト教的神となった根本理由は、
天皇神話を貫徹する「予定調和」である。
このことについては既に詳論した。

そして、ここにもう一つの理由。
「天皇の背後には、呪いの悪神が恵みの善神に変身した、この怨念の霊験への転換があった」

崇徳上皇は「五部大乗経」を悪道に廻向し
「皇(きみ)をもって民となし、民をもって皇となす」誓願をした。

この誓願はひとつひとつ実現された。
保元の乱から続いた、平治の乱、源平争乱、源氏による武家政権、承久の乱による
朝廷の政治権力からの転落、南北朝の争い・・・・

その予言が、ことごとく実現されるよとによって、崇徳上皇への畏れは凄みを増しいった。

祟りの神、怒りの神、人間を殺し罰する神。

このユダヤ教的唯一絶対神と神学的同型の神が、なぜ呪いを恩恵に変じたのか・・・・・・


キリスト教の母体であるユダヤ教の神は
怒りの神、人間を殺し罰する神である。
しかし、この怒りの神は、イエス・キリストの権威によって、キリスト教において
愛の神へと変身した。

では、崇徳上皇に象徴される畏るべき天皇が、めぐみあまねき天皇に変身したのは、
いかなる神学的理由と経緯によってであるか。

天皇変身にさいして、イエス・キリストの権威に該当するものは何か。
この問題を考えてみたい。

水戸学というと皇国史観揺籃の学問と思われている。
水戸学は崎門の学(きもん 山崎闇斎の学派)のように体系的なものではなかった。
しかし、その学問的中核は崎門の学にあった。

水戸学は、現人神としての「天皇を創作」するためのイデオロギー的基礎作業を行った。

この基礎作業の要諦を一言でいえば、
なにゆえ朝廷は政治権力を喪失したのか、それは朝廷自ら徳を失うことにより政治権力を
失ったのである、とした。
このことを研究し、天皇の不徳と失政を確認し証明した。

崇徳上皇、後鳥羽上皇、後醍醐天皇たち帝王が、不徳であり失政を重ねたことを究明した。

これこそが、現人神としての天皇、めぐみあまねき絶対者としての天皇、キリスト教的権威
をもつ者としての天皇、かかる「天皇を創作」するための基礎作業であった。

水戸学などの尊王学者、天皇信奉学者たちの学問的作業は、これに集中した。

水戸学派栗山潜鋒の「保建大記」については、縷説した。
※「保建大記」をざっと纏めると、
保元の乱は天皇家自らによる倫理破壊であった。
この自らの手による倫理破壊が日本を混乱に落とした。乱の戦後処理も子が父を処刑、
甥が叔父を処刑するといった無茶苦茶な処理をした。
栗山潜鋒はこの、天皇による失政と不徳を糾弾した。


次に、その他の水戸学派の所説を一瞥しておきたい。
そのうえで、「拘幽操」(こうゆうそう)と「靖献遺言」(せいけんいげん)に進みたい。

この方法で進めば、この2著が、何ゆえに天皇にキリスト教的神たる権威を付与したのか。
その経緯があきらかになろう。



これで、第九章 摩訶不思議なるもの は終わります。
次章から、いよいよ崎門の学の展開過程をみていきます。



第十章 天皇が秘める深淵

栗山潜鋒などの崎門の学 (彼は水戸学派であるが水戸学は崎門の学が中核) 
のダイナミズムは、朝廷の不徳を強調すればするほど天皇を絶対的なものに
押し上げ、失政を確証すればするほど、その現人神たる神格を弁証する。

天皇の秘密。

それは、幾層にも重畳化した矛盾を内包している。

この矛盾を座標軸にとることによって、天皇が秘める深淵をかいまみよう。

この座標軸を前進基地として、摩訶不思議なる天皇の探検を試みよう・・・・・・・


転載終了


この後は、平清盛の展開と離れて行くので、小室直樹氏が展開する
天皇の社会学に興味を持たれた方は、是非、

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保元の乱の勝利の後、平清盛(松山ケンイチ)は、平治の乱で源義朝(玉木宏)と

その後、長年に渡って後白河上皇(松田翔太)と政治的闘争を繰り広げます。


平清盛(松山ケンイチ)
平清盛

源義朝(玉木宏)
源義朝

後白河上皇(松田翔太)
後白河法王


ロベルトは、長年に渡って、日本を統治してきた平安貴族の支配を打破し、

新しい武家の統治を切り開いた平清盛を評価しています。

今の日本にも、新しい統治階級の台頭が必要です。

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平清盛の今後の展開 4 「保元の乱」終戦後の悲劇 

歴史

NHK大河ドラマ「平清盛」も父、平忠盛(中井貴一)から平氏一族の

棟梁の地位を引き継ぎ、第二部に突入しました。

平忠盛

史上最低の視聴率の影響で、最近ではようやっと反日プロデューサー

の意向に反して「王家」や「王家の犬」の連呼がなくなり、まともに

なってきたNHK大河ドラマ「平清盛」。

これからが、いよいよ、佳境です。

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   ↓
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なぜ、天皇及び平安貴族統治の世が亡び、武士の世になっていくのか。

それは、法皇が天皇をないがしろにし、かつ、倫理や理の大本を身づから

崩壊させて、古代日本社会にアノミーを蔓延させたからです。

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分けてシェアします。

前回は、保元の乱が勃発後、後白河派の完勝で終わった所まででした。

保元の乱は、前回も説明した様に、骨肉の争いです。

崇徳上皇(井浦新) 対 後白河天皇(松田翔太)  兄弟関係
崇徳天皇

後白河法王

藤原頼長(山本耕史) 対 藤原忠通(堀部圭亮)   兄弟関係
藤原頼長

関白藤原


源為義(小日向文世)  対 源義朝(玉木宏)    父子関係
源為義

源義朝

平忠正(豊原功補)  対 平清盛(松山ケンイチ)    叔父甥関係(忠正が叔父さんにあたる)

平忠正

平清盛

敗軍の将が、処罰されるのは、世の常です。

しかし、保元の乱は、肉親同士が戦った為に、処罰も・・・

尚、下記、文中の人物のカッコ内俳優名の文責は全てロベルトにあります。

転載開始

第八章 日本皇道の失墜(2/25)
http://blog.goo.ne.jp/ebjimihendrix/d/20100225

保元の乱はわずか一日で決着がつき、後白河・関白忠通派の完勝。

敗北した崇徳上皇は仁和寺に幽閉されていた。

小室は「保建大記」をたたき台にして先に進む。

保元の乱後の倫理破壊はさらにすすむ。
敗戦後、
崇徳は幽閉
頼長は流れ矢にあたり死亡
源為義、平忠正は自首してきた

後白河派の戦後処理は厳しいものとなった。

清盛は 「叔父」忠正を死刑にした。
これはライバル源義朝を倫理破産させる陰謀であった。

死刑にするほどの事でもない「叔父」忠正を死刑にする事で、平家のけじめをつける。
すると、ライバル源義朝は 「父」為義 を死刑にせざるを得なくなる。

義朝は天皇に「父」の助命嘆願をした。
天皇は許さなかった。

義朝は郎党鎌田正清(趙 珉和)に命じ、「父」為義を殺させた。
鎌田正清


これにより、義朝は父殺しの倫理破産人となった。
それと同時に父殺しを命じた朝廷もまた倫理破産した。

栗山潜鋒は論じていう

義朝が保元の乱において、父と敵味方に別れ戦ったのは、朝廷のためにしかたないことであった
(義朝、勤王の日に当たりて、父に抗せざるを得ず・・)

しかし、戦乱が収まり父が自首してきたときに、父を殺すという道はない。
天皇がどうしても殺せといった時、なぜ勅命に抗し自分も共に死刑にならなかったのか
(禍乱既に平らぎ、其の父、我に帰す。なぜその子従りて之を殺すの道有らんや。
君命に方い、与に倶に死刑といえども可なり)

小室はこれを受け
鳥羽上皇が「天倫の序」を蹂躙したことで、根本規範が解体した。
皇位継承を乱した事で、皇位という国の根本が揺らいだ。

その結果あらゆる倫理が融解をはじめた。
その現われが「保元の乱」であり、その戦後処理における人倫破壊である。

義朝の父殺しは、すでに骨がらみになっていた急性アノミー(根本規範の融解)
の象徴的現象である。

栗山潜鋒は論じていう
国が滅びようとしている時には、正大はしぼみ、人々は道徳を忘れる。
義朝が父をかばいきれなかったのも、この理由による
(蓋し、邦まさに廃せんとするや、正気萎惰し、人心道をわする。)

北畠親房もその著書「神皇正統記」で論じて

義朝は、先祖代々朝廷に仕えた武士である。保元の乱の戦功もおおきい。
朝廷がその義朝に父の首を斬らした事は大変な誤りである。

今まで、中国にも日本にもこのような例はなかった。
 この誤りにより、天下の名行がやぶれた(規範が解体した)。

保元・平治の乱以来、天下が乱れ内乱が盛んになり、皇位は軽くなった。
いまだ太平の世にかえらないのは、この名行が破れたからである。

・・・と

「天倫の序」の乱れにより国の根本規範が揺らいだ。
その結果人倫が融解を始めた・・・

第八章 日本皇道の失墜 はここで終わります。

次ぎは 第九章 摩訶不思議なるもの を読みます

転載終了

以下、ロベルトの意見です。

なぜ、源義朝は、父、為義を殺させたのでしょうか?

栗山潜鋒が論じている通り、勅命に抗し自分も共に死刑になるべきでした。

本来であれば、後白河天皇も義朝による「父」の助命嘆願に対し、出家等の

俗世や政から離れさせる命かせいぜい島流しに止めるべきだったのです。

北畠親房もその著書「神皇正統記」で論じている様に、

>今まで、中国にも日本にもこのような例はなかった。
 この誤りにより、天下の名行がやぶれた(規範が解体した)。

のです。

何故なら、古来中国の中心的規範を支えた儒教では以下の様に考えるからです。

『論語 顔淵篇』の書き下し文と解説:2
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/knowledge/classic/rongo012_2.html

[口語訳]斉の景公が、政治について孔子にお聞きになられた。孔子はお答えした。
『主君は主君らしく、臣下は臣下らしく、父は父らしく、子は子らしくあれ、
ということです。』。
景公は言われた。『その通りであるな。もし本当に主君が主君らしくなく、
臣下が臣下らしくなく、父は父らしくなく、子が子らしくないのであれば、
米があっても私はそれを食べられなくなるだろう。』。

[解説]儒教は、社会秩序を維持する為に封建主義的な身分制を擁護したとされるが、
特に『君臣の義』と『親子の孝』を最も重要なものと見なした。
儒教の道徳観では、『親子の忠孝』を『君臣の忠義』よりも価値が高いものと考え、
父母と君主が対立した時に父母に仕えることが正しいとされるので、儒教の仁徳の
根本には血縁主義が濃厚に関わっている。



鳥羽上皇が「天倫の序」を蹂躙したことで、根本規範が解体したが故に、
天皇及び平安貴族統治の世が亡び、武士の世になっていったのも巫べなるかな。

次回に続きます。

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平清盛の今後の展開 3 保元の乱 

歴史

NHK大河ドラマ「平清盛」も父、平忠盛(中井貴一)から平氏一族の

棟梁の地位を引き継ぎ、第二部に突入しました。

平忠盛

史上最低の視聴率の影響で、最近ではようやっと反日プロデューサー

の意向に反して「王家」や「王家の犬」の連呼がなくなり、まともに

なってきたNHK大河ドラマ「平清盛」。

これからが、いよいよ、佳境です。

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なぜ、天皇及び平安貴族統治の世が亡び、武士の世になっていくのか。

それは、法皇が天皇をないがしろにし、かつ、倫理や理の大本を身づから

崩壊させて、古代日本社会にアノミーを蔓延させたからです。

「gooブログはじめました!本棚の本 片っ端からもう一度読むのだ」

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久寿二年1155年近衛天皇崩御、後白河(松田翔太)即位。
その翌年
保元元年1156年鳥羽上皇崩御。

鳥羽上皇(三上博史)崩御。ただちに崇徳上皇は鳥羽宮にかけつけた。
ところが鳥羽宮の役人は崇徳上皇を追い返した。
鳥羽上皇


憤懣やるかたない崇徳上皇は行動を起こします。

保元元年に起きた出来事なので、これを・・・

尚、下記、文中の人物のカッコ内俳優名の文責は全てロベルトにあります。

転載開始

第八章 日本皇道の失墜(2010-2-24)
http://blog.goo.ne.jp/ebjimihendrix/d/20100224

鳥羽上皇崩御。崇徳上皇は当然鳥羽宮に駆けつけた。ところが鳥羽宮の役人によって追い返されるという屈辱的な仕打ちを受けた。

崇徳上皇の怒りは髪を逆立て天を突いた。
崇徳・頼長同盟は軍事行動を起こした。

「保元の乱」である・・・・

敵対関係を少し整理すると

崇徳上皇(井浦新) 対 後白河天皇(松田翔太)  兄弟関係
崇徳天皇

後白河法王

藤原頼長(山本耕史) 対 藤原忠通(堀部圭亮)   兄弟関係
藤原頼長

関白藤原


源為義(小日向文世)  対 源義朝(玉木宏)    父子関係
源為義

源義朝

平忠正(豊原功補)  対 平清盛(松山ケンイチ)    叔父甥関係(忠正が叔父さんにあたる)

平忠正

平清盛

となる。これで判るように、父子・兄弟・叔姪相分かれての紛争であった。

話をすすめる

崇徳上皇派の藤原頼長は直ちに、源為義を召集した。
為義は義朝以外の息子を集め馳せ参じた。

この崇徳上皇派に馳せ参じた源氏の中に源為朝(橋本さとし)もいる。

源為朝2

この為朝の強さは、当時の武士で知らぬものはない。まさに無双。
たとえば、弓の張りの強さ。
一人張りが通常。二人張りとなると剛の者といって、めったにいない。三人張りとなると引けるものがほとんどいなくなる。

ところが、為朝は八人張りの弓を引く。

ワイヤーロープを張ったような弓である。
しかも百発百中。

こんな男が崇徳上皇側についた。
一騎当千とはこのこと。

そこで崇徳上皇派の司令官頼長が為朝に彼の作戦を聞いた。

為朝答えて
今夜直ちに夜襲をかけ、三方に火を放ち一方を攻めれば勝負はすぐ決まり当方の勝ち。

ところが、頼長はその教養が邪魔をしたか、そのような下品な戦いは上皇のすることではない、と却下。

為朝はこれを聞き嘆いた。
後白河派の兄義朝は必ず夜襲をかけるに違いない。この戦は敗北だ。

案の定、後白河派が夜討をかけてきた。

ここで少し寄り道をして「保元物語」から、この場面を語ります。

保元元年7月11日午前4時
後白河派の平清盛、源義朝連合が崇徳上皇の立てこもる白河殿を攻めた。

平清盛は西門攻撃を担当
清盛が西門で、「我こそは・・・」と呼ばわり、相手になってやるから出て来いと格好をつけた。

そこに登場した源為朝
「ここを固め候者は、清和天皇九代の後胤、鎮西八郎源為朝なり」
と返答。

清盛、真っ青。えらいのに当たったと思ったかどうか・・・

戦わずして逃げるわけにもいかず、郎党の伊藤五と伊藤六を出した。
結果は・・・

為朝の矢がミサイルのように飛んできた。
伊藤六を貫き、伊藤五を馬の鞍に突き刺した。

清盛はあわてて退却。
清盛に代わって源義朝が西門へ向かった。

さすがの為朝も兄を射殺すには忍びない。

為朝は狙いを少しはずし、兄義朝の兜の星を吹き飛ばした。義朝は失神寸前。

義朝は普通に戦っていたのでは為朝に勝てない、と思い火攻めの計に転じた。
白河殿は黒煙につつまれ、崇徳上皇派は総崩れとなった。

そして・・・
藤原頼長は流れ矢に当たり死亡。
崇徳上皇は仁和寺に逃亡し命乞い。
崇徳上皇に付き従う源為義等武士達は、上皇から恭順の邪魔になるといわれ解散。

後白河派の完勝となった・・・・・



栗山潜鋒は、この上皇の行動に容赦なく筆誅を加える。

上皇が天皇を攻めるということは、考えの及ばないほど不倫なことである。
上皇が髪をそり、降伏したのは非を悔い改めたのではない。
ただ命が惜しかっただけだ。

これほど恥知らずな行為はない。

天皇・上皇の行動における倫理性の欠如。「保建大記」における第二のテーマである。

かくも、倫理性を欠く天皇・上皇が何ゆえ絶対でありうるのか。いや、絶対でないといけないのか。

その証明こそ小室の中心テーマである・・・・・・

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